福岡地方裁判所 昭和49年(ワ)67号 判決 1976年3月12日
原告 本田隆
被告 日本電信電話公社
訴訟代理人 田中貞和 布村重成 中島清治 ほか六名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に対し、労働契約上の地位を有することを確認する
2 被告が昭和四四年一〇月一日、原告に対してなした休職処分は無効であることを確認する。
3 被告は原告に対し、金二〇七万二八二五円および昭和四八年一一月以降、毎月二〇日限り、金一〇万一八〇三円を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 1ないし3項につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 請求の趣旨3項につき仮執行宣言が付せられる場合は、担保の提供を条件とする仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張<省略>
第三証拠<省略>
理由
一 被告がその数は別として多数の職員を使用して日本における電信電話事業を営んでいるものであり、原告が昭和三八年四月被告公社福岡中統制電話中継所(現在福岡統制電話中継所)の職員となつたものであること、
原告は、昭和四四年九月二五日公務執行妨害罪で起訴され、審理の結果、同四八年八月二三日、懲役四月執行猶予二年の刑が確定したこと、
被告公社は、右公訴提起後の昭和四四年一〇月一日、就業規則〔編注:日本電信電話公社職員就業規則・以下同じ。〕五二条一項二号を適用して原告を休職処分に付し、さらに右刑の確定に伴い同四八年九月二一日、就業規則五五条一項五号を適用の上、懲戒処分か分限処分かは別として免職処分に付したこと、
以上の事実は当事者間に争いがない。
二 本件起訴休職処分の効力
1 公社法〔編注:日本電信電話公社法〕三二条には起訴休職制度に関し別紙四の冒頭に記載のとおりの条項が存し、さらに<証拠省略>によれば、被告公社の起訴休職制度に関し、就業規則、休職の発令時期等に関する協約「職員の休職、免職、降職および失職について」と題する依命例規が各存しその内容は別紙四に記載するとおりである。
右諸規定によると、職員が「刑事々件に関し起訴されたとき」当該職員を休職処分に付するかどうかは、その事案が軽微であつて情状がとくに軽いものでない限り被告公社の裁量に委ねられていると解し得るが、右の裁量は被告公社の全く恣意的なものであつてはならずかつ起訴休職制度の設けられた趣旨ないし目的によつて自ら客観的、合理的な制約に服すべきであつてこれに反する休職処分は裁量権の範囲を逸脱したものとして無効と解するのが相当である。
2 そこで右起訴休職制度の趣旨について考える。
およそ公訴を提起された者といえども、有罪の判決の宣告を受けるまでは無罪の推定を受けるのが法律上の建前ではあるが、わが国の刑事司法の実際においては、起訴された被告人の大多数が有罪判決を受けていることは顕著な事実であるから、一般的にみれば、人が刑事事件に関し起訴されるや、すでにその段階において犯罪の嫌疑が客観化され、将来有罪判決を受ける高度の蓋然性があるものとして、社会からそのような評価を受けることは避けられない実情にある。しかして、公訴の提起を受けた者がそのまま職務にとどまつてこれに従事するときは、当該従業員の地位、職務、公訴事実の内容いかんによつては、職場秩序が乱され、または企業の社会的信用が害されるおそれがあるし、また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(同法第二八六条)、同法第六〇条に定める理由があれば、裁判所はいつでも刑事被告人を勾留し得るのであるから、従業員は、公訴提起により、勤務時間のすべてをその職責のために用いるのに困難を生ずることもあり、その反面、企業としては、当該従業員からの確実な労務の提供を期待できないことから、企業活動の円滑な実施に障害をもたらすおそれがある。このことは、有給休暇を使用したとしても時季変更権に制約を受けるから、完全には排除し得ないことがある。
起訴休職制度は、かかる事態の発生を防止するため、当該従業員をして、刑事事件の確定に至るまで従業員たる身分を保有させながら、暫定的に企業から排除する(職務に従事させない)ことを目的とする措置であるということができる。
とりわけ、被告公社は、公衆電気通信事業を合理的かつ能率的に経営し、電気通信による国民の利便を確保するため、日本国内における公衆電気通信事業を独占的に行なうべく、政府が全額を出資し、法律によつて設立された公企業であり、その行なう公衆電気通信事業は国の神経系統ともいわれるきわめて高度の公益性を有するものであり(公社法第一条、第五条等参照)、したがつて、業務の遂行にあたつては、すべての職員は法令、および公社が定める業務上の規程に誠実に従い、全力をあげて職務遂行に専念すべき義務を負うものとされ(同法第三四条)、また右規定に基づいて制定された就業規則(<証拠省略>)第九条によれば、職員は、公社の信用を傷つけ、または従業員全体の不名誉となるような行為をしてはならないとされているのであつて、このような被告公社の業務の高度の公共性の故に、刑事事件に関し起訴され、公の嫌疑を受けた職員をそのまま公社の職務に従事させることは、高度に公益性のある公社の職場における規律ないし秩序に影響するところが大であるのみならず、公社の国民に対する信用を失墜させるおそれのあること、さらには職員の上記職務専念義務に支障を生ずる可能性があると考えられ、それ故に、法律はとくに公務員と同様公社職員についても刑事休職制度を設け、公社の業務に対する国民の信用を保持し、かつ職場秩序を維持し、さらには職務専念義務に支障なからしめんとしたものと解せられるのであつて、公社における起訴休職処分の適否を判断するに当つては、一般の私企業と異りこの点に格別の留意を払う必要があるものと解される。
かくいうものの、前述のとおり、このことは、およそ被告公社が起訴を理由に休職処分を発令した以上、その裁量権の行使について、当否はともかく違法の間題は起り得ないことを意味するのではもとよりなく、公社の職員といつても、公衆電気通信事業というきわめて公共性の高い業務の基本方針の策定等高度の内容の業務の遂行に当たるものから、単純機械的な労務に服するに止まる者まで多くの階層があり、起訴が公社の内外に与える影響は、当該職員の地位と職務の内容によつて自ら異なるところがあるのみならず、刑事事件に関し起訴されたからといつて、それが破廉恥罪であるかどうか等公訴事実たる犯罪の内容、態様、程度によりあるいは職務に関しなされたものであるかどうか等によつて職場秩序に与える影響も相当異なつたものがあるのであるから、職員が刑事事件に関し起訴されたことによつて、公社の信用が傷つけられるかどうか、職場の秩序が乱されるかどうか、職務専念義務の履行に支障を生ずるかどうかは、当該職員の公社における地位と職務内容、起訴状に記載された公訴事実の内容(動機、罪質、態様、程度)および起訴の態様すなわち身柄拘束の有無等諸般の事情を、当該事案に即して総合的に考察して判断さるべきものであつて、かかる事情を検討したうえ、なお公社の信用の保持と職場秩序の維持等の見地からみて、当該職員を暫定的に職場から排除する必要がある場合において初めて当該休職処分は客観的合理性を有するものといい得るものである。
しかも、起訴休職となつた職員については、基本給、扶養手当および暫定手当等の六割の支給しか受けられないことは<証拠省略>(就業規則)によつて明らかであり、起訴休職処分を受けた職員は、休職期間中は少なくともかかる生活上の不利益を受けるのであるから、処分の相当性を判断するについては、かかる事実も当然考慮されるべきであろう。
さらに、休職処分は、前叙のとおり、当該非違行為につき起訴された職員をそのまま公務に従事させるときは、国民の公社に対する信頼を損ない、また職場秩序を乱すおそれがあり、さらに職務専念義務に支障を生ずる可能性を内包することから、該職員の就労を継続させることが不適当である場合になさるべき暫定的措置であつて、起訴の対象となつた非違行為の責任を問うものではないから、起訴休職処分と当該起訴の対象となつた非違行為につきその責任を問う懲戒処分とは、その目的、効果を異にするものがあるけれども、起訴休職処分の存在意義は、一面において、公訴の提起があつた以上、国家機関の判断としていちおう尊重はするが、公訴事実が未確定の状態にあるため、ただちに当該職員を解雇する等懲戒権を発動することを避け、最終的判断の慎重を期するとともに、他面において、前述のとおり公訴提起によつて事実上有罪の推定を受けかねないところから、たとえ公訴事実の未確定の間であつても、その職員をそのまま職務にとどまらせることが職場秩序の維持等の面から好ましくないとの配慮にあると解せられる以上、起訴にかかる事実が軽微であつて、その事実が確定的に認められても、事業内部における秩序ないし労務の統制の維持の面から評価して重い懲戒処分に値しない場合には、とくに休職処分に付さなくとも職場の秩序を乱すおそれは少ないのであるから、かかる場合に休職処分に付することは、少なくとも職場秩序維持の必要性という側面からみた場合には相当でないことになろう。したがつて、起訴休職処分に付する場合の指標としては、公訴事実につき有罪判決が確定した場合、懲戒権の発動として、当該職員に対し、少なくとも相当期間の停職またはそれ以上の懲戒処分がなされることあるいは分限処分としての免職が十分予想される場合であることが考えられ、かかる場合には、通常当該休職処分は相当であるとして容認されるものといえるであろう(ただし、職務専念義務との関連において起訴休職処分の相当性を判断するに当つては、この論理が妥当しないことは言うまでもない。)。けだし、かかる場合には、通常公訴事実に対する有罪判決の確定前においても、起訴された者をそのまま就労させるときは、職場秩序を乱し、企業の対外的信用を傷つけるおそれがあるといえるからである。
前記協約第一条第一項但書は、公社が休職処分を発令するに当たつて遵守すべき裁量権の範囲を、右の趣旨において注意的に明らかにしたものと解せられるから、同条項但書の「事案が軽微であつて、情状が特に軽いもの」という意味は、単純に公訴事実の罪名や法定刑の軽重によつて決すべきではなく、上記のような休職処分の目的、機能等に則して判断すべきであり、このような客観的基準に照らし、明らかに制度の趣旨を逸脱した休職処分がなされた(すなわち事案が軽微であつて、情状が特に軽いにもかかわらず、そうでないとして休職処分に付された)場合には、右処分は裁量権の範囲を逸脱したものないしは裁量権を濫用したものとして無効というべきである。
3 そこで、本件起訴休職処分の効力について検討する。
(一) 原告の地位、職務内容について
<証拠省略>によれば、原告は、昭和三八年三月熊本県立山鹿高等学校を卒業後、直ちに被告公社に入社し、福岡中統制電話中継所(現福岡統制電話中継所)の職員となり、同所第一試験課に配属されたが、直ちに熊本電気通信学園および鈴鹿電気通信学園に入園して、搬送の専門技術等を学んだのち、再び上記中継所に帰り、本件休職処分当時は同所第二整備課に所属していたこと、上記中継所は、主として局内設備および市外電話回線の保全、建設のほか市外回線の試験統制ならびにこれらに附帯する業務を行なうものであるが、原告は同中継所第二整備課において、中継器機の修理、整備、定期試験、機械室の整備の仕事、より具体的には機械室および修理室において装置、機器、測定器等の真空管、コード、ヒユーズその他の部品の点検、取り替え、故障修理、機器等の調整、点検等の仕事に、他の職員とともにその内容に応じて二名ないし四名の組を作つて従事していたが、上記業務は、殆んど中継所内部で行なわれ、かつ顧客との応待等外部の人との接触等を通じて行なわれる性質の仕事ではなく、要するに機械的、技術的なものであること、また中継所内部で職員の異動が行なわれることもあり、その場合には、専用回線利用者等の要求に応じ、専用線の修理、試験等の仕事を行なうことになることもあり得るが、この場合においても、外部との接触は主として器機の調整、修理等機械的、技術的な事項につき、主として電話による応答を通じてなされるのであるから、職員の個性、挙措動作等が対外的に問題となる余地は殆んどないこと、以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(二) 本件公訴事実の内容等について
(1) <証拠省略>によれば、原告が為したとされる犯罪は、職場外において原告の職務とは全く無関係に行われたものであることが認められる。ところで公社職員は、前記のとおり、公社法に基づいて制定された就業規則上信用保持の義務を負つていること等その職務が高度の公共性を帯びていることにかんがみれば、公社においては職場規律の維持、対外的信用の確保がとりわけ強く要請されていると考えられること、他方、<証拠省略>によれば、公社職員が有罪判決を受けたときは、免職をふくむ懲戒処分に付せられ、また、禁錮以上の刑に処せられたときはその意に反する免職処分を受けることもある(同就業規則第五九条第一六号、第六〇条、第五五条第一項第五号)こと等を考慮すれば、本件公訴事実それ自体に対する社会的な評価はもとよりのこと、罪名(公務執行妨害罪)や法定刑(三年以下の懲役または禁錮)の点からみても、必ずしも「軽微な」犯罪であるとはいい得ないのみならず、本件公訴事実によれば、原告は「安保反対、佐藤訪米阻止デモ行進」に参加し、その際、現場で現認、採証等の職務を行なつていた警察官に対し、いきなり背後からその腰部を蹴りつけたというのであるから、決して偶発的な犯罪であるとはいい難く、その動機、態様等からいつて、「情状とくに軽いもの」に当たるとも解し難い。(なお、<証拠省略>の結果によれば、原告は当初から一貫して、公訴事実として掲記された事実はなかつた旨主張していることが認められるが、<証拠省略>によれば、右刑事事件については、ほぼ公訴事実どおりに事実が認定されそれが確定していることが認められるほか、本件全証拠を検討するも右刑事判決の事実認定に誤りがあることを窺わせる証拠は見当らない。かえつて、<証拠省略>によれば、原告につき公訴事実の如き事実のあつたことが推認される。)
(2) しかも、<証拠省略>によれば、原告は、本件休職処分の原因となつた福岡ベ平連主催の約五〇〇名からなる「安保反対、佐藤訪米阻止デモ行進」に参加したほか、被告公社内にある反戦青年委員会の思想、行動に共鳴し、同委員会等の主催ないし参加する佐世保エンタープライズ闘争、北九合理化粉砕闘争、山田弾薬庫輸送阻止闘争、板付米軍基地撤去闘争等多くの闘争に積極的に参加したことが認められ、また、<証拠省略>によれば原告は本件起訴休職中である昭和四四年一一月一二日、福岡電々ビル構内で部外者とともに無許可で行なわれた福岡電通反戦青年委員会主催の集会に参加し、再三にわたる退去命令を無視したとして、就業規則第五九条第一八号に基づき同月二一日戒告処分に付せられたことが認められる。
(3) しかして、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(イ) 反戦青年委員会は、もともと昭和四〇年八月、社会党、社青同、総評が中心となり「ベトナム戦争反対、日韓条約批准阻止のための青年委員会」を結成したことに始まる。そうして、当初の目標は日韓条約批准阻止闘争であつて、社会党、総評の青年行動隊的性格を有し、中央に全国反戦、その下に都道府県反戦及び地区反戦(以上団体加盟)、更に個人加盟による職場反戦が組織されていた。その後地区反戦は右のほか個人加盟方式を併用するもの、個人加盟方式によるものを生じ、更にその個人加盟者中には社会党、総評等上部団体の統制を脱すると共に、他方過激派学生集団の影響をうけて、昭和四二年羽田闘争を始めとして警官隊との衝突をみるに至り、なかでも、昭和四四年四月二八日沖縄闘争、同年一〇月二一日国際反戦デーにおいての闘争では、火災びん・角材等を使用し、あるいは投石を行うなどの過激な街頭闘争にも参加する者も出るに至つた。
(ロ) 全電通労働組合は、当初全国反戦に加盟し、また同労組の下部組織ないし、組合員個人で、夫々反戦組織に団体ないし個人で加盟する例も多く、反戦青年委員会の主要な構成要素をなしていた。しかし、右のような経緯から、総評は反戦青年委員会の「凍結」を図り、全電通労組も事実上反戦青年委員会と手を切るに至つたが、その間、右反戦青年委員会に参加する組合員らは前記の如き過激な闘争に参加して、逮捕・起訴される者も多かつた。
九州地区において被告公社職員の状況をみるに、昭和四二年以降北九州、福岡、長崎、熊本、佐賀、鹿児島等の各地区反戦に主として個人加盟し、特に北九州地区では全電通グループが反戦青年委員会の主要ポストに就き、昭和四三年四月市立病院給食請負化反対闘争や、その後の山田弾薬庫弾薬輸送阻止闘争、飯塚ホーク基地反対闘争、米軍板付基地撤去闘争等に参加した。そうしてその際、かなりの数の被逮捕者や起訴される者を出した。
また福岡地区では昭和四四年半ば頃から福岡統制電話中継所を中心とした被告公社職員の反戦青年委員会グループが九大左翼グループ、ベ平連、あるいは他の反戦グループと共同行動をとり、集会、デモを行つた。原告もその一員であつた。
(ハ) また、反戦青年委員会は、昭和四三年三月第七回全国代表者会議で、職場に「反戦」を確立し、生産点における闘争を重視することを定め、被告公社においてもその反戦グループ職員により外部の同調者をまき込んでの労働組合の統制に服さない山猫スト、局舎占拠、さらには火災びん投擲等の行為がその結果とじて行われるに至つた(昭和四四年一〇月、大阪中央電報局屋上クーリングタワー占拠のいわゆるマツセンストライキ事件。同年一一月一二日午後三時から佐藤首相訪米に抗議しての福岡電々ビル中庭での前記集会事件。但し後者では火災びん投擲等はなかつたが、前者の事件にかんがみ、被告公社は管理職を動員して投石、火災びん投擲にそなえ、シヤツターを下ろし、消火器を用意するなどをしていた。)。また他にも昭和四四年春闘時における職務放棄及び管理職に対する暴行事件(門司、若松、飯塚各電報電話局)、同年九月一一日福岡電々ビル中庭における早川弾圧処分紛砕集会事件(無許可使用)、同年一一月一一日北九州電報電話局片野分局における宮野静也処分抗議集会事件(飯塚ホーク基地反対闘争で起訴休職となつた宮野静也の処分に対する抗議、通用門前でヤツケ、ヘルメツトスタイルで演説やデモをして、公社側では機動隊による警備を要請した。)等の事件が部内反戦青年委員会のメンバーにより、一部は部外同調者の参加を得て行われた。更に同年一一月一三日、「一一・一三スト支援」を掲げて北九州電報電話局前で前電通北九州電報電話局分会員のうち非番者が坐込みをしたとき、反戦委員二名は同調者二名と共に勤務中職場を放棄して坐込みに参加し、組合から異例の就労指示をうけたが、これをも拒否した。
以上の如き状態が続き、反戦青年委員会に属する被告公社職員らは、あるいは反社会的過激行動に参加し、また組合の統制にも服さず職場規律を乱し、更には部外の同調者を被告公社施設構内に導入して業務を阻害するといつた現象が続発した。
原告は前記の如く反戦青年委員会の主宰する活動に参加して来たもので、本件休職処分の後であるが昭和四四年一一月一二日の前記中庭集会では前記の通り懲戒処分をうけている。
これら反戦青年委員会メンバーの活動は、単に被告公社の業務阻害というだけではなく、前記公社の電気通信機器を含む施設に対する危険感を生ぜしめ、被告公社の反戦グループ職員に対する警戒意識を強めたばかりではなく、その余の職員との協調にも悪影響を及ぼしたことを推認するに十分である。
<証拠省略>中、以上認定に反する趣旨の部分は措信できず、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。
(三) 他方、<証拠省略>によれば、原告の本件起訴にかかる刑事事件の裁判費用は、主として上記中継所の職場内の原告と地位、職務をほゞ同じくする公社職員からのカンパによつて賄なわれているが、資金を寄せるものは必ずしも反戦青年委員会所属者およびその同調者に限られておらず、また原告の復職を求める署名簿に対しても、同職場内の約半数のもの(六八名)が署名を寄せていること、本件刑事事件に関するマスコミの報道は、少くとも原告の氏名、職業等を特定する形ではなされなかつたこと、さらに、原告は在宅のまま公判審理が続行されていることが認められ、公訴事実に対する罰条からいつても、原告は全公判期日に出頭する義務を負うべきものではない。また、刑事裁判の今日的状況からいつても、公判期日はせいぜい一か月ないし二か月に一回の割合で指定されているにすぎないことは顕著な事実である。また被告公社では年間二〇日の有給休暇はほぼ請求どおりに与えられていることが認められるから、原告の刑事裁判の公判期日への出頭は一応年次有給休暇でまかなえるものということができる。
右の事実に徴すれば、少くとも原告と地位、職務をほぼ同じくする右の範囲内の公社職員の間では、公訴の提起を受けた原告が従来どおり職務に従事することに対し、さして違和感を懐いていないかのようにも思われるし、また、以上認定の事実のみからすれば、原告の地位、職務内容からいつて、本件起訴の公社に与える影響、すなわち、対内的には職場秩序を乱し、対外的には公社の信用を毀損するおそれは少ないものといい得るかのごとくである(<証拠省略>)。それに、職務専念義務の完全な履行についてもさしたる障害はないかに見える。(もつとも、刑事裁判が係属している場合、物理的に公判に出廷する労力を要するだけにとどまらず、裁判の準備に通常かなりの努力、心労を要するほか、本人の地位や職務によつては、刑事事件が係属していることだけで心理的にもかなりの圧迫を受け業務に専念できない場合があることも考えられるが上記認定のとおりの原告の地位、職務内容から推して、刑事事件の係属それ自体が職務専念義務に支障を来たすとまでは即断できないし、起訴されたまま原告を職務に従事させた場合、職務専念義務との間に矛盾、衝突を来たすような事態が発生すると考えることにはかなりの困難を伴うものと思料される。)
(四) 以上のことからすれば、なるほど本件公訴事実の内容、公社の公共性、本件公訴事実の背景等は別として原告の職場における地位、職務内容並びに公判出頭関係等を中心として考えるときは、刑事事件の係属後、原告をそのまま職務にとどまらせたとしても、職場秩序を紊乱し、公社の対外的信用を毀損し、あるいは労働力の適正配置を阻害するおそれがそれほど強いものとはいい得ないかもしれない。しかし、原告は、日頃反戦青年委員会に属する者と主義主張を同じくし、反戦青年委員会が主催ないし参加する大衆行動、職場内活動に積極的に参加してきたことは前記認定のとおりである。さらに原告に対する逮捕、起訴さらには本件休職処分の原因となつた昭和四四年九月二二日の「安保反対、佐藤訪米阻止デモ行進」が、反戦青年委員会とその頃行動を同じくしていたベ平連の主催にかかるものであることからいつても、原告の主観的意図はともあれ、日頃の言動からして、本件公訴事実は、反戦青年委員会所属の過激分子らの一連の暴力的な街頭活動の一こまであると一般に評価されてもけだしやむを得ないところである。このことと本件公訴事実の記載内容を考慮すると、原告の本件公訴事実は、少なくとも全電通内の反戦青年委員会系職員の公社内外における前記過激行動を背景に有するものとして、それとの関連において評価されるべきである。
4(一) そうすると、本件公訴事実自体軽微とはいえず、更にこれは記載された行為内容とあいまつて、原告の反戦青年委員会加盟者ないしその同調者としての過激な性向を象徴するものとして、非難に値するものというべく、かかる犯罪を犯したとして起訴された職員を依然として業務に従事させておくことは、公社の業務の高度の公共性にかんがみるとき、なお原告の主義、行動に同調しない他の職員との間に違和感を生じさせること等によつて、職場秩序を乱し、業務を阻害するおそれが多分にあり、あるいはかかる反社会的な行為をしたとして公訴の提起をうけた職員を依然として業務に従事させておくことは、高度に公共性のある公社の綱紀の弛緩を意味するものとして、公社の国民に対する信用を低下、失墜せしめるおそれが強い(なお、かかる事情のもとにおいては本件公訴事実につき有罪判決が確定した場合には原告に対し相当重い処分がなされることも十分予想されるところである。)。したがつて、本件公訴事実は前記労働協約に規定する「事実が軽微であつてその情状が特に軽いもの」には該当しないと解すべきであるから、被告公社が原告を就業規則第五二条第一項第二号に該当するとしてなした本件休職処分の発令について、被告に裁量権の逸脱ないし濫用のかどはないものというべきである。
(二) もつとも、<証拠省略>には、福岡電通反戦組織は、勤務条件その他に対する不満等職場における日常的な問題についての若手職員の諸要求を管理者や労働組合がとり上げないところから、自らこれを解決しようとして若手職員を中心として団結したものであり、当初から一定の政治的主張と結びついたものではなく、また、専ら過激な行動のみを目的としたものでもないのに、被告公社当局は反戦青年委員会系の職員というだけで日常から種々の差別をし、弾圧してきた旨の記載があるが、当初の目的はともあれ、その後における現実の行動が、前記のごとく、他の過激集団とともに公社の職場秩序を乱し、業務を阻害し、あるいは法秩序を侵害するものとして、それが他の職員のひんしゆくを買い、社会の指弾をあびる性質のものである関係上、公社が施設管理権ないし業務における指揮命令権の発動によつて、しかるべき措置を講ずるのは当然のことであるから、右は反戦青年委員会系の職員であるが故の差別とは解しがたく、したがつて、本件休職処分をなすにつき裁量権の濫用があつたとはなしがたい。
三 本件分限免職処分の効力
1 公社法三一条には分限免職に関し別紙五の冒頭に記載のとおりの条項が存し、さらに<証拠省略>によれば、被告公社の分限免職に関し就業規則並びに「職員の休職、免職、降職および失職について」と題する依命例規が存しその内容は別紙五に記載するとおりである。
2 前記免職事由としての「禁錮以上の刑に処せられたとき」の趣旨は、以下のとおり解するのが相当である。
分限免職に関する別紙五の公社法等の定めが、国公法三八条、七六条にならつたものであることは、その規定の仕方から見て明らかであり、したがつてその趣旨も後者のそれに準じて考えられるべきものである。
そしてそれは、結局のところ、公社業務の公共性、公社職員の公務員的性格からして、公社職員が「禁錮以上の刑に処せられたとき」は、原則として免職されるべきことを意味する。別紙五の依命例規(電職第一四九号第二)も、このことを注意的に示したものというべきである。
そもそも公社法三一条所定のいわゆる分限制度は、公社業務の能率の維持および公社に対する社会的信用の維持等その適正な運営の確保の目的から、同条に定める一定の事由により公社の業務運営上支障となる職員を公社自体あるいは当該の職務から排除する権限を任命権者に与えるとともに、他方被告公社の職員の身分保障の見地からその権限を発動し得る場合を限定したものである。分限制度のこのような趣旨および目的ならびに右条項に定められた免職事由が処分対象者の行動、態度、性格、状態等に関する一定の評価を内容として定められていることを考慮するときは、分限上の措置をするについて分限権者に裁量の余地があることが認められるが、そこには一定の限界があるのであつて、分限制度の目的と関係のない目的ないし動機に基づく場合、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断した場合、およびその判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものである場合には、そこでとられた分限上の措置は、裁量権の行使を誤つた違法のものというべきである。ことに、分限上の措置として免職を選択する場合には、いわゆる終身を通常とする雇傭の現状のなかで、公社職員としての地位を失う、いわば極刑に等しい結果を生ずるものであるから、特に厳密で慎重な運用が要請されるのである。
なお、また公限免職以外に公社から強制的に身分排除される場合として、公社法三三条の定める懲戒免職があるが、これは公社の企業秩序維持の観点から一定の非違行為につき道義的非難を加えるもので、当該職員の個々の行為または状態を問題とするのに対し、分限免職は公社の能率的かつ適正な業務運営の観点から職務遂行の妨げとなる矯正しがたい属性を有する職員を排除しようとするもので、一定の期間にわたつて継続している状態を問題とする(一定の非違行為が問題となる場合にも、それ自体を問題とするのではなく、それを徴表とする行為者の性格、能力が永続的、矯正不能か否かの観点から問題とする。)。
そこで就業規則五五条一項五号の「禁錮以上の刑に処せられたとき」に分限免職し得るとの規定は、公社法三一条三号の趣旨を具体化したものと認むべきであるが、以上説示したところからして、禁錮以上の刑に処せられた者を分限免職にすることは常に処分権者の裁量の範囲内にあるわけではなく、この意味において、別紙五記載の依命例規(電職第一四九号)の規定も、禁錮以上の刑に処せられてなお身分存続される場合にとるべき手続を、運用面において明らかにしたにすぎないと解すべきである。
たしかに、公社職員が禁錮以上の刑に処せられた場合は、公社の社会的信用を失墜し、公社職員にふさわしくない素質、性格の発現と認められる場合が多いであろうが、結局はこれを一つの徴表として、さらに、それら一連の行動、態様、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけて評価すべく、その他当該職員の経歴や職務内容あるいは性格、社会環境等の一般的要素をも考慮して、これらの諸般の要素を総合的に検討し、当該職員に公社から排除しなければ業務運営が阻害されるような永続性のある属性が認められるか否かを判断すべきものである。
3 そこで、本件免職処分の効力について検討する。
<証拠省略>によれば、原告に関わる本件刑事事件については、その判決において、ほぼ起訴状掲記の公訴事実にそい、
起訴状記載の日時、場所において行われた無届デモの先頭が、天神交差点東側入口付近において規制され、デモ参加者の大部分が歩道上に上り、巡査部長豊福久仁義は、同交差点東南付近車道上で、同付近歩道上にいたデモ参加者の一団に対して車道上に降りないよう制止していた。そのとき原告が、豊福巡査部長の後方近くにいた二人の警察官の間を小走りに抜け、右豊福の背後に迫り、その尾底骨付近を右足で一回足蹴りして暴行を加え、公務の執行を妨害した。そのあと原告は小走りにもと来た方向に逃げ去ろうとしたので、近くにいた警察官がこれを目撃し、ただちに原告を追跡し、結局原告は、公務執行妨害罪の現行犯として逮捕されたのである。
との事実が認定され、それが確定したことが認められる。この認定に反する証拠はない。原告の経歴、職務内容、本件犯行の態様、その背景さらには原告が、昭和四四年一一月二一日付で戒告処分を受けた前歴を有すること等に関する事実の認定およびそれらに対する当裁判所の評価は、前記二、3で詳述したとおりである。
以上の諸事実を総合してみると、原告をこのまま公社内にとどめておくと、公社に対する社会的信用が失われ、公社業務の適正かつ能率的な運営が阻害され、あるいは阻害される蓋然性が極めて高いものというべく、原告が公社職員にふさわしくないとして企業外に排除されるのも止むを得ないところであつて、被告が原告に対してなした本件免職処分は合理性があり、有効である。
四 以上のとおり、原告に対する本件休職処分、免職処分について法令や就業規則の解釈適用の誤りや裁量権の逸脱ないし濫用はないから、右各処分はいずれも適法であり、したがつてその違法、無効を前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡野重信 中根與志博 吉田哲朗)
別紙(一)、(二)、(三)<省略>
別紙四
〇公社法三二条<1> 職員は、左の各号の一に該当する場合を除き、その意に反して、休職にされることがない。
一 <省略>
二 刑事事件に関し起訴されたとき。
<3> 第一項第二号の規定による休職の期間は、その事件が裁判所に係属する間とする。
<4> 休職者は、職員としての身分を保有するが、その職務に従事しない。
<5> 休職者の給与は、第七十二条に規定する給与準則の定めるところにより支給する。
〇就業規則五二条<1> 職員は、次の各号の一に該当する場合は、その意に反して休職にされることがある。
一 <省略>
二 刑事事件に関し起訴されたとき
<3> 第一項第二号の規定による休職の期間は、その事件が裁判所に係属する間とする。
五二条の三 休職者は、職員としての身分を保有するが、その職務に従事しない。
九四条<1> 職員が結核性疾患により休職にされたときは、休職の期間が満一年に達するまでは基本給等、扶養手当、暫定手当、暫定都市加算および住居手当の全額が支給され、残余の期間については、前記の給与の合計額の一〇〇分の八〇に相当する額が支給される。
<4> 職員が刑事事件に関し起訴され、休職にされたときは、その休職の期間中第一項に掲げる給与の合計額の一〇〇分の六〇に相当する額が支給される。
〇休職の発令時期等に関する協約(四六中約第九号-一一)
一条<1> 職員が左の各号の一に該当する場合は休職を発令するものとする。ただし、第四号の場合において、その事案が軽微であつて情状がとくに軽いものについては、休職を発令しないことができる。
一~三 <省略>
四 刑事事件に関し起訴されたとき。
<2> 前項による休職の発令は、…第四号については起訴された日の日付とする。
三条<1> <省略>
<2> 刑事事件に関し起訴された者の休職の期間は、その事件が裁判所に係属する間とする。
五条 休職員としての身分を保有するが、その職務に従事しない。
〇職員の休職、免職、降職および失職について(電職第一四九号)
第一 休職および復職
一 休職発令の理由および時期
(1) 任命権者(・・・・)は、職員が次のアまたはイに該当する場合は、休職を発令するものとする。
ア <省略>
イ 刑事事件に関し起訴されたとき。
(2)、(3) <省略>
(4) 第(1)号のイによる休職の発令は、起訴された日の日付とする。
(5) 任命権者は、職員が第(1)号のイの場合において、その職員が起訴された後も出勤可能であり、かつ、事案が軽微であつて、その情状が特に軽く、引き続き勤務させることが適当であると認めた場合は、第(1)号にかかわらず休職を発令しないことができる。
(6) 以下、<省略>
別紙五
〇公社法三一条 職員は、左の各号の一に該当する場合を除き、その意に反して、降職され、又は免職されることがない。
一 勤務成績がよくないとき。
二 心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき。
三 その他その職務に必要な適格性を欠くとき。
四 <省略>
○就業規則五三条 職員は、次の各号の一に該当する場合は、その意に反して降職されることがある。
一 勤務成績がよくないとき
二 心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えないとき
三 その他その職務に必要な適格性を欠くとき
四 <省略>
五五条<1> 職員は、次の各号の一に該当する場合は、その意に反して免職されることがある。
一 勤務成績がよくないとき
二 第五二条第一項第一号の規定に該当して休職にされた場合において、同条第二項の休職の期間を経過してもなおその故障が消滅しないとき
三 その他心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えないとき
四 禁治産者または準禁治産者となつたとき
五 禁錮以上の刑に処せられたとき
六 その他その職務に必要な適格性を欠くとき
七 <省略>
〇職員の休職、免職、降職および失職について(電職第一四九号)
第二 免職
一、二 <省略>
三 その他の意に反する免職(懲戒免職を除く。)
(1) 任命権者は、職員が次の一に該当する場合は、その意に反して免職することができる。
ア~ウ <省略>
エ 禁錮以上の刑に処せられたとき。
オ その他その職務に必要な適格性を欠くとき。
カ <省略>
(2)、(3) <省略>
(4) 第一号のウまたはエに該当する場合は、公社より排除(懲戒免職、意に反する免職または辞職の承認)するものとする。
ただし、特別の事情により引き続き勤務させることが必要であると認めた場合において、別紙様式二により総裁の承認を受けたときは、この限りでない。
(5) 第一号のオにより意に反して免職できる場合は、その職員の適格性を判断するに足りると認められる事実にもとづき、その職務に必要な適格性を欠くことが明らかなときとする。
(6) <省略>